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2022年1月

2022年1月30日 (日)

2月の例会・下新田駅清掃は、地元メンバー開催にします

 2月5日(土)は、2月例会ならびに下新田駅清掃日ですが、新型コロナウイルスオミクロン株の感染拡大が続いており、まん延防止等重点措置発令中であることを考えて、地元メンバーによる実施にいたします。

 参加される会員の皆様は、万全の体調であることはもちろん、マスクの着用等感染防止に留意の上、三密回避に留意してご参加ください。

2015年からの生活交通をつくる会

下新田駅清掃委員長 野原賢次

会長 佐羽宏之

※ご不明点ありましたら、会長までお問い合わせください。

2022年1月24日 (月)

桐生七福神巡りに行きました

令和4年のお正月ということで、桐生にある七福神巡りに参加してきました。桐生市内には、54のお寺があると言われ、全宗派がそろっているそうですが、その中で七福神をお祭りするお寺七ケ寺を巡りました。スタートは、宮元町吾妻公園入口にある光明寺(弁財天)、ゴールは梅田町の西方寺(布袋尊)です。そもそも、七福神はインドや中国、日本の神様が一緒になっている正に八百万の神様からの選抜7人ですね。さて、日本の神様が一人だけいらっしゃいますが、どなたでしょう。また、一人だけ実在した方もいらっしゃいますが、それはどなたかわかりますか?

まずは、光明寺に向かいます。上毛電鉄西桐生駅から雷電山の麓を巡り村松沢に沿って曲がると、吾妻公園入口があります。正面に光明寺の石段が見えます。

【弁財天 光明寺解説】

曹洞宗大慈山光明寺(こうみょうじ)

本尊:千手観音 開創:天平宝宇11年(739)

聖武天皇の勅願により行基が勧進の為に桐生に来た際に一宇の堂を建てて千手観音を祭ったのが始まりとされる。平安時代に日光三社大権現の中心になりこの寺の裏山から中禅寺奥の院に至る関東最大の修行道の入り口となる。

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上:光明寺本堂(左手の庫裏で、集印台紙を購入。) 

下:本堂前の石段下には弁財天がお迎え

光明寺の庫裏で、七福神が描かれた集印台紙(1500円)を購入しました。1500円には、各お寺のお布施も含まれており、台紙持参の場合は、各寺で100円を納め(お賽銭箱へ)押印をします。まずは、台紙トップの光明寺の所に、ご住職の奥様が弁天様のスタンプを押してくださいました。階段を降り、東に向かうと、岡公園の入り口ですが、そこを右に折れて、美和神社に向かいました。美和神社には、先年移転された、衆生院の灯篭があります。桐生新町の3丁目にあった、桐生祇園祭の原点となり、明治の神仏分離で廃寺になったお寺です。桐生周辺の豪商が寄贈した灯篭ですが、廃寺に伴い個人の稲荷神社に引き取られたものの、そこも売られてしまい、急遽の移転となったものです。台座には、桐生近辺の豪商と言われた人物の名が刻まれています。この地域は、現在桐生市が景観整備をしており、かつて岡公園が整備され、桐生町民の憩いの場であった頃の景観に戻すべく、工事が進んでいます。かつて町民が寄贈した腰掛け石も発掘され、ベンチとして配置されつつあります。近いうちに、ここからかつての桐生新町の家並みを眺めることができるようになりそうです。

山の手通りに沿って進むと、妙音寺です。

【寿老人 妙音寺解説】

高野山真言宗 妙音寺(みょうおんじ)

本尊:不動明王  開創:天文年間

江戸時代の火災で本堂をはじめ、全て焼けてしまい詳しいことはわからないが、もとは堤村にあった善明院と言われ、天正13年に由良氏の招請で現在地に移転したと伝えられる。かつては栄螺堂もある大きな寺であったが天保の火災で焼失した。火災や地震に鑑みて、昭和3年に現在の鉄筋コンクリート造りの本堂を再建したが、コンクリート造りの寺の嚆矢と言われる。

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上:妙音寺本堂(鉄筋コンクリート造り)  

下:山門は、かつて桐生新町の豪商書上家の門である

妙音寺を後に、さらに北を目指します。少し西側の山麓へと入る旧道を進むと、田村家住宅が現れました。

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 田村家住宅の門・塀は、桐生陣屋にあったものだ

現在桐生市が管理するこの住宅には、江戸時代後期に桐生を治めた酒井家の分家、酒井大学守陣屋の門と塀が残っています。 山麓を巡る道を進むと、法経寺です。

【大黒天 法経寺解説】

日蓮宗妙光山 法経寺(ほうきょうじ)

本尊:久遠実成釈迦如来  開創:明治23年

幕末に薩長に抗して敗れた武士が、赤城山中に篭り、仏門に帰依して開山した新しい寺である。大正年間に4世住職が日蓮宗の荒行に入行した折に大黒天を感得したと伝わる。

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上:法経寺の本堂:60日ごとに大黒縁日が行われる 

下:大黒様がお出迎え

再び山の手通りにもどり、青蓮寺にむかいます。道の向こうには、新しくできた消防署がありますが、群馬大学側から抜けてくる道は、大堰用水分水の跡です。桐生新町の西側を流れていた大堰用水は、この分水が山の手を流れることで、逐次給水されて、一丁目から六丁目迄、水量が確保されていたようです。

【福禄寿 青蓮寺解説】

時宗 仏守山 義国院 青蓮寺(しょうれんじ)

本尊:善光寺阿弥陀三尊  開創:天正3年(1575年)

天正元年、長く桐生を治めた佐野氏からこの地を引き継いだ太田金山城主由良成繁(なるしげ)は、天正3年に新田郡岩松村の青蓮寺をここに移築した。本堂はその時のまま400年以上の歴史を持つ。本尊は重要文化財であるが、新田氏の守り本尊として岩松村の青蓮寺に祭られていたものを、この地に移したと言われる。

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 上:青蓮寺本堂:築400年以上という貴重な物 

 下:福禄寿が御朱印の前にお立ちでした

ここからさらに北に向かいます。これより北は、江戸時代の初めに桐生新町が形成される以前に桐生の街並みが存在した地域です。今でも当時のまち建て跡がのこり、館の跡は梅原館址として存在しています。現在梅田町と言われるこの辺りは、古い桐生が見られる地域で、桐生城址もあります。戦国時代の山城ですので、城跡に植えられた桜が、毎年きれいに咲いています。次は、久昌寺です。

【恵比寿神 久昌寺解説】

曹洞宗 桂林山 久昌寺(きゅうしょうじ)

本尊:荒澤大聖不動明王   開創:寛永年間

桐生城の館があったころ、城主はこの地にあった井戸からお茶の水をとっていたという。寛永年間にこの地に寺ができた。桐生城主が由良氏に代わり、その後由良氏も牛久へ転封されたので、江戸時代に寺になったのであろう。

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上:久昌寺本堂:お茶の水の井戸が現存するという 

下:恵比寿神

久昌寺を後に、旧梅田路に入りました。しばらく家並みを進むと、鳳仙寺の参道前に出ました。荘厳な山門をくぐり本堂にお参りしました。

【毘沙門天 鳳仙寺解説】

曹洞宗 桐生山 鳳仙寺(ほうせんじ)

本尊:釈迦牟尼如来  開創:天正2年(1574)

戦国時代末期、桐生城主となった由良成繁公は、自分の菩提寺として勅使門を備えたこの寺を造営した。往時には沢山の僧が参禅修学したという。多くの寺宝があることで有名。

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 上:市指定重文の山門

 中:鳳仙寺本堂

 下:毘沙門天が本堂階段下にあり

鳳仙寺を後に、残すところあと一寺、西方寺へと向かいました。入り組んだ旧道をたどると、西方寺の正面に出ました。いよいよゴールです。

【布袋尊 西方寺解説】

臨済宗 梅田山 西方寺(さいほうじ)

本尊:阿弥陀如来  開創:観応元年(1350年)

桐生市歴代の墓があるこの寺は、浄土宗の寺としてつくられたが、そののち臨済宗に変わっている。1350年柄杓山に桐生城を築城した桐生国綱公(佐野氏というのが定説で、佐野家の分家であると思われる)は、200年以上にわたり桐生を治めたという。のちに桐生豊綱公が臨済宗に改宗しているようである。文政6年に大火に会い、資料を失ってしまったのが惜しい。

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西方寺本堂

これでめでたく七福神巡りが終わり、帰路に就いたのですが、結果として集まった御朱印は、このような出来上がりとなりお正月の良い記念になりました。

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皆さんも一度、七福神巡りをしてみませんか?

2022年1月20日 (木)

秩父鉄道情報誌「PALETTE」のご紹介

当会事務局長より、秩父鉄道の情報誌「PALETTE」をいただきました。50号記念ということで、いろいろな職場で働くちちてつ社員の雄姿がプロデュースした特集号でした。秩父鉄道は、埼玉県の羽生市から熊谷市を通り、奥秩父の三峰口を、他の鉄道と連絡しながら走っている埼玉の大切な交通軸を担う鉄道です。沿線は、荒川の流れに沿っており、ジオパークにも指定されている、地球に興味のある人には人気のスポットです。

今回は、社員有志の皆さんが、沿線のおすすめスポットを紹介しております。是非、ご一読を!

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観光・イベント情報 (chichibu-railway.co.jp)

 

 

 

まん延防止等重点措置が出ます

新型コロナウイルスが、すごい勢いで広がっています。21日より、群馬県にまん延防止等重点措置が出ることになりました。見えない相手ですが、基本に戻って対応し、感染しないように、またほかの人に感染を広げないように気をつけましょう。

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2022年1月17日 (月)

ゆい通信113号が発行されました

当会も会員になっているきりゅう市民活動推進ネットワークが運営している「桐生市民活動推進センターゆい」の情報紙「ゆい通信」の113号が発行されました。12月の行事の様子やこれからの予定が掲載されています。ご一読いただけますと幸いです。

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2022年1月14日 (金)

新型コロナウイルスの感染が急拡大

 新型コロナウイルスオミクロン株の感染が急拡大して、25日まで維持の予定の計か気レベルが、12日から2に上がりました。

 日増しに急拡大している状況から、近々にもさらにレベルアップの可能性も出てきています。基本的な感染防止策を取りつつ、リスクを取らない行動を心がけましょう。現状の警戒レベルの詳細は、群馬県からのお知らせをご覧ください。

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2022年1月 4日 (火)

警戒レベルは維持されました

群馬県より警戒レベル維持の連絡が12月28日付で来ておりましたので、お知らせします。

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2022年1月 1日 (土)

2022年最初の定例会を開催しました。

今年は第一土曜日が元日となったため、無理の無いようにとアナウンスしておりましたが、9名もの方に参加いただきました。
駅周辺は比較的きれいな状態(ゴミは全部強風で飛ばされてしまった?)が維持されておりました。
元日の朝早くから、ご協力いただきありがとうございました。

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下新田駅での初日の出

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ハーブ園は春を待っている状態

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ミーティング風景

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足尾から下りてきた車体には雪が載っていました。

次回は2月5日です。
寒い日が続きます。皆様体調管理には十分ご注意ください。

 

 

 

 

 

明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。暖かい日が多かった冬ですが、年末からの寒波により、寒い新年になりました。皆様良い年をお迎えになったことと思います。今年は、新型コロナウイルスとの共生がなることを祈りたいものです。第六波が心配されるところですが、皆様どうぞお元気でご活躍ください。目下のところ、当会の参加するイベントの予定はありません。今年の春には、何かできるようになると良いですね。

 昨年と同様、今年の年頭辞と活動の心得をお送りいたします。今年は、「ゆっくりズムのまち」作りについての様々な実験への参加が目玉になりそうです。今年一年、実りの多い年になりますように。

ちなみに今年は、鉄道開通150年ですね。100年の1972年には、まだたくさん蒸気機関車が走っておりました。国鉄の記念事業として、梅小路蒸気機関車館(現京都鉄道博物館)ができたと記憶しております。50年で鉄道の姿も大きく変わりましたね。

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古い写真は、両毛鉄道渡良瀬川橋梁をわたる、開通当時(明治22年頃か)の列車です。現在も同じあたりにかかる鉄橋を列車が走っています。

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