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2022年5月16日 (月)

「今日は一日古墳三昧」 上電サイクリングに参加しました

2022年5月14日(土)新型コロナウイルスや悪天候のため、2年越し、四度目の正直で開催された、古墳めぐりのサイクリング会に参加しました。朝まで雨の心配な天候でしたが、中央前橋駅に集合の時刻7時半には雨もやみ、薄日も出てきました。

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上電友の会企画のイベントなので、大島代表にご挨拶をいただき、7:47の西桐生行きに乗車しました。上毛電鉄サイクルトレインを生かして計画された企画です。8:21に新里駅に到着。中央前橋行きの電車と交換です。そちらにも桐生方面からの参加者が乗ってきました。

総員14名で、8:30にいよいよ出発。2グループに分かれて最初の目的地、①「天神山古墳」に向かいました。この古墳は、新里中央小学校の校庭内にある円墳です。直径40mで、周溝を持つ古墳だったようですが、北側は道路によって削り取られて少し残念な状況です。でも、石室の入り口が見られ、毎日小学生が周りで遊んでいるのだと思われるロケーションでした。

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近くのコンビニでお昼を調達して、ここから②「武井廃寺塔跡」と③「中塚古墳」へと向かいました。今回のコースで最大の上り坂です。赤城山のすそ野に広がる関東平野を一望のもとに見下ろす高台に、「武井廃寺塔跡」があります。実は、これは塔の遺構ではなく火葬墓の遺跡であることが解っています。周辺に寺院遺跡が見つからなかったことから調査が進みました。火葬した骨を入れる穴は、昨晩の雨で水をたたえていました。

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すぐ隣には、③「中塚古墳」があります。古墳時代末期に作られた方墳で、「新川臣」の墓ではないかと言われています。この一族は、上野三碑の山の上碑に登場する豪族です。しっかりとした石組がされた大きな石室がありますが、相当前に掘られてしまい、埋蔵物は散逸してしまったということでした。新里には、山上多重塔という仏塔がありますが、上野三碑と比肩しうる重要な遺跡ですので、この地域にいた豪族の力も相当なものであったのだと思います。

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ここから、一路坂道を下ります。県道を越えて赤城神社のそばの踏切を渡ります。この場所は、上電開通当時にあった武井停留所跡で、後に新里駅ができて廃止されています。ミツバ新里工場(ここも古墳だらけです)の横を通り、武井西工業団地を抜けると、伊勢崎市域の④「峯岸山古墳群」に入ります。畑の真ん中に未調査の古墳も残り、そこかしこに古墳があるという感じです。畑のど真ん中に古墳があったのでは、何とも仕事がしづらそうですね。

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丁度近くにある中世の古城「天幕城址」に立ち寄りました。蓮の花の時期には、花に囲まれたきれいな城跡になります。ここは、戦国時代に桐生を長期にわたり治めていた桐生佐野氏の居城でした。峯岸山古墳群最大の④「十二所古墳」に寄りました。今日初めての前方後円墳です。

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次の立ち寄り場所は、⑤「伊勢崎市赤堀歴史民俗資料館」です。伊勢崎市にある古墳や女堀の資料などとても充実した資料館です。詳しくは、ホームページをご覧ください。こちらで40分の見学と休憩時間を取りました。

赤堀歴史民俗資料館/伊勢崎市 (isesaki.lg.jp)

歴史資料館を後に、「赤堀城址」の北側を通り、「毒島城址」に向かいます。この城は、周囲を沼に囲まれ、そこに住む大蛇により難攻不落の城だったようですが、沼に毒が流し込まれて大蛇が逃げ出し、難なく落城したという伝説が残ります。桐生に今も住む「毒島(ぶすじま)さん」発祥の地ともいわれています。この苗字は知らないとなかなか読めませんね。

次は、いよいよ⑥「大室公園」です。先年のJRデスティネーションキャンぺーンで、吉永小百合さんがここの古墳(小二子山古墳)に登るシーンが出てきて有名になりました。私たちも登って、周囲を見回してみました。公園内には大小の古墳が散在し、埴輪も並んでいます。ここで昼食を摂りました。昼食後、大室公園らしいモニュメントを背景に、集合記念写真を撮りました。

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大室公園を後に、西に向かいました。まずは、三泰神社の東にある⑦「伊勢山古墳」こちらは、頭に神社を載せた古墳です。後円部に稲荷神社が建っています。以前下見で訪れたときには、草に覆われて荒れた感じでしたが、今回は氏子の皆さんがお掃除をしたようで、きれいになっていました。躑躅の木がたくさんあるので、花の季節にはずいぶんきれいだと思います。

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伊勢山古墳を後に、三泰神社を南下すると次に現れるのは、⑧「荒砥富士山古墳」です。畑の真ん中にポツンとあるようですが、発掘の結果は大きな円墳であったようです。赤城山を背景に、素敵な景色です。

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さらに南下すると、国道50号線に行き当たる手前に「女堀」の遺跡があります。これは、平安時代に渕名氏により工区を分けて一斉に着工されたものの、完成しなかった大用水遺跡です。前橋市、伊勢崎市にまたがって、大規模な土木遺構が残っていましたが、農地の区画整理によりほとんど姿を消してしまっています。その姿をとどめる貴重な区間を走り抜けました。

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前橋市運動公園で一服の後、国道17号(上武国道)の下をくぐり、⑨「今井神社古墳」に向かいました。こちらも頭に神社を載せています。神社の前を通る道は、旧東山道です。奈良・平安時代に都から蝦夷地を結んだ官道です。かつては、今の高速道路くらいの道幅を持つ立派な道路であったという発掘結果も出ていますが、今では、細い田舎道です。国道50号線が通じるまでは、それでも主要交通路として多くの人が行き来していたのでしょう。

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荒砥川沿いに川上に向かうと「今井城址」があります。今井氏の館跡と伝えられますが、詳しいことはわかりません。ご近所の方が,何事かと出ていらっしゃいました。

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畑の中を荒砥川沿いに北上すると再び上武国道をくぐり、⑩「お稲荷山古墳」に到着します。木や草が生い茂り古墳に見えませんが、これも立派な円墳です。近くの三柱神社で一服しました。乃木希典将軍のお書きになった文字で作られた日露戦争戦勝記念碑が建っていました。

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休息後、一路西を目指し、予定時刻午後三時に正円寺に到着しました。ここには、今日最後の訪問古墳である⑪「正円寺古墳」があります。ご住職の山本堯光氏からお寺の説明を伺い、そのあと古墳にご案内をいただきました。お寺のパンフレットには、桜が見事に咲いた写真が載っていました。古墳の上には桜の木が茂っており、花の時期にはとてもきれいだそうです。今は、一面笹に覆われて気持ちの良い風が吹きわたっていました。古墳の上でご住職と一緒に記念撮影をしました。

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これで、今日の古墳三昧も終了です。あとは、上電の上泉駅に向かい、そこから帰路につきました。天候が心配されたサイクリングでしたが、さわやかなお天気になり、日焼けをするくらいでした。

サイクリング終了後、元気21で開催された上毛電鉄友の会の総会に参加して帰宅しました。そうそう、帰路の電車は「トラ電車」でした。かわいいトラのぬいぐるみが一杯でした!

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